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丹後日和 - 2007年09月08日

丹後日和(たんごびより)という言葉が津軽にはありました。
今もあるかもしれませんが、おそらく絶滅危惧種的言葉じゃないのかな。どうかな?

070908-1.jpg

昨日今日は、そんな言葉を思い出す日和だったものでして、本日かような記事を書く次第にて候。



丹後日和というのは、簡単に言うと「丹後の国の人間が津軽に来ると天気が荒れる、出て行くことで晴れる」という謎の気象現象(?)です。当地鰺ヶ沢的には、かつて津軽藩の御用港だった関係で、「丹後の船」も含みます。

にわかに天気が荒れだすと、すわ丹後の船か人間がどこかにいるにちがいないと、船という船、乗組員という乗組員をつぶさに調べ、該当するものあらば、お願いして出て行ってもらうという因習が明治初期まで実際にあったのでした。

なんでかっていうとですね…岩木山が怒って嵐を呼んでいると考えられたからです。
岩木山は津軽では信仰の対象であり、その祭神は女性なんです。
なので、女人禁制の山だったわけです、1872(明治5)年までは。

で、この祭られている女性っていうのが、森鴎外の小説「山椒大夫」で良く知られる「安寿と厨子王」伝説の安寿姫なのですな。安寿姫の山椒大夫への恨みすさまじく、山椒大夫が丹後国の人であったために、丹後の人や船が憎し、よって岩木山が怒って天気が荒れるという按配で。

んなわきゃないじゃん、っていうのは現代の感覚、藩政時代にはかなりシリアスに受け止められてて豊後の国の人が用事で津軽に来る時は、出所を偽ってきたものだ、とか、あまりに荒れた天候が続くので、こりゃ丹後日和にちがいないと、藩を総出で丹後人を捜索したとか、あたしゃほんとに丹後出身ではありませんと港で乗組員に証文書かせたとか枚挙に暇がありません。

台風一過の晴れた土曜日、そんなことに思いを馳せつつ。

投稿者 吟 : 2007年09月08日 23:05


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